セーヌ川の南岸を歩いていた。

角を曲がると、幾何学的なパターンで覆われた建物が現れた。近づくと、それが金属の格子と、その奥のガラスだと分かった。


南側のファサードに近づいた。

規則正しい六角形と円が組み合わさった格子。アラビア建築の「マシュラビーヤ」——光を通しながら視線を制限する木製格子——を、機械化したガラスパネルで再現している。

ジャン・ヌーヴェル、1987年。


内部に入った。

ファサードからの光が、格子のパターンとして床に落ちていた。幾何学模様の影。

建物は「アラブとフランスの文化交流の場」として計画された。その使命をヌーヴェルは、外壁の「パターン」として解釈した。イスラム建築の伝統的な格子を、現代の機械で再現することで、文化を「翻訳」しようとした。


なぜパリのセーヌ川沿いに、この建物が建ったのか。

1970年代の石油危機以降、フランスとアラブ世界の関係は政治的に複雑になっていた。1987年のオープンは、文化外交の装置としての建築だった。幾何学のファサードは、両文化の視覚的な接点として機能している。


外に出てセーヌ川の反対側に立った。

川の向こうに、南ファサードが光を受けている。距離があると、格子のパターンが一枚のテクスチャとして建物を覆っているように見える。

建築が「文化の翻訳」をしようとするとき、何が伝わって、何が失われるのか。